真の日本精神は世界を変える>国家>”大和の国”日本

 日本は、1万年以上も前から、独自の文化を発展させてきました。そして、古代から今日まで一貫して、皇室を国の中心とする国柄が続いています。国旗「日の丸」、国歌「君が代」には、自ずとその日本の文化・国柄の特徴が表れています。こうしたわが国に誇りを抱き、健全な愛国心をもつことが大切です。




 比類のない国柄 
 日本を象徴する国旗「日の丸」 
 「君が代」に表れた伝統文化 

 どの国でも、国の重要な行事や式典では国旗を掲揚し、国歌を演奏します。国旗・国歌に敬意を払うことは、その国の人々やその国に敬意を表すことです。国旗・国歌を大切にすることは、国際儀礼であり、国際社会に生きる基本的なマナーです。
 「君が代」は、日本の国歌です。ところが、日本の学校では、近年まで入学式や卒業式でほとんど歌われてきませんでした。現在も、歌の由来や意味は、ほとんど教えられていないようです。

  君が代は、千代に八千代に さざれ石の
         いわおとなりて こけのむすまで

 この歌は、天皇を中心とする国が、小さな石が集まって岩となりその上に苔がむすほどまでに永く、平和で繁栄することを願う歌です。
 「君が代」は、10世紀に編まれた古今和歌集の「読み人知らず」の歌に由来します。古今集では「我が君は 千代に八千代に」と始まる歌でしたが、民衆の間に歌い継がれていくうち、鎌倉時代の初期までには「君が代は」という現在の歌詞に変わっていました。その後、江戸時代には、浄瑠璃や謡にも歌い込まれ、舟歌や盆踊りの祝い歌にも現れました。このように1,200年もの間、「君が代」ほど、日本の歌謡として、広く親しまれてきた歌はないのです。
 明治時代になって、日本が近代国家となったとき、国歌を定める必要を生じました。明治2年、イギリス軍楽隊のフェントンは、国歌の制定を勧めました。大山巌らは、庶民に広く親しまれてきた「君が代」こそ国歌にふさわしいものとして選び、フェントンに作曲を依頼しました。しかし、西洋的な旋律では歌詞にあわず、宮内省の林広守らにより、日本古来の雅楽の旋法にのっとって作曲され、現在の国歌ができ上がったのです。
 日本には、古来より「和歌の文化」があります。万葉集には、天皇から名もなき庶民まで、さまざまな歌が収集されています。今日も正月に行われる「歌会始め」においては、国民各層の中から選ばれた歌が宮中で歌われ、これに対し、天皇・皇后両陛下が歌でお応えになります。こうして、昔から身分や立場に関わりなく、国民が歌に思いを表し、歌によって君も民も一つに結ばれているということは、他国に見られない、日本独自の文化です。こうした日本の文化が、「君が代」のわずか32文字の中に、表されていると言えるのです。式典では高らかに、国歌「君が代」を歌いましょう。

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